2022年7月30日土曜日

自民党と統一教会の関係を解消できない理由は「政教分離」にある。

 テレビでは「統一教会との付き合いを自民党や止めるべきだ」論が噴出していて。

被害者の会が言うのはまあ、気持ちはわかるとして、それ以外の人らまで発言し始めていて、インフルエンサーである「ひろゆき」まで参戦してる。


これな「アホ」としか言いよう無くて。

福田達夫、岸信介、と「問題ない」とか「何が問題かわからない」と発言するのも仕方がない。


これは擁護してるのではなくて、日本の法律に「政教分離」と書かれている以上、政治家が特定の宗教団体を排除したり、圧力をかけるような事をすれば、「政教分離に反してる」と訴訟されたら議員の方が負ける。


世間ではアホは真逆に「宗教団体が特定の議員、政党を支持するのは政教分離に反してる」と誤解していて。

考え方が真逆なわけだ。


もし、統一教会と縁を切るなら、最低でも宗教法人格を取り消しされるくらいの司法の判断が出ないと無理。


今の所、過去に霊感商法などで問題視されたことはあれど、それは「消費者契約法」で対応せよということで、2018年に改定されていて霊感商法による販売は、ほぼ無条件で返金が出来る。


こうなると他に犯罪行為を犯しているという事実を出さない限り、立件することは困難で。

あのオウム真理教でさえ、「破防法」の適用を免れたと考えれば、今の日本の宗教団体ってのは、相当強い法律で守られていると言っていい。


これは戦前、大日本帝国時代に神道へ一本化するために、他宗教を弾圧した歴史があるからで。

二度と、政府や政治が宗教弾圧を繰り返さないために「政教分離」という立場を取ってるためだ。


もうちょっと法律とかよく調べた方がいい。

安易に「国会議員がいるとお墨付きが付く」というが、それこそ何も考えず、何も調べず、安易に信用する側にも問題がある。


何事も契約、入会、入信、入社、入学する時には、最低でもどういう歴史と文化を持っていて、どういう方針なのか?くらい自分で調べられる時代だ。


なんでも他人の責任に転嫁してたのでは、立派な大人とは言えないんじゃない???

まあ、テレビなんて所詮、何らかの意図を持って制作されてるんで、「視聴率上がって儲かる」って単にそれだけの理由だと思うよ?


有田 芳生なんて、連日テレビに出てるけど、あの人、過去、バリバリの共産党員だったわけだし、共産党を目の敵にしてた統一教会と自民党、一度に攻撃出来るとなれば、容赦ないのも頷ける。


かといって、統一教会だけではなく、あらゆる宗教で、被害に遭い、被害者を放置したりしてはいけないし、問題があれば行政指導、事件が起これば司法の場で決着をつけなければならない事に変わりはない。


繰り返しになるが「政治家、政党や政府が、特定の宗教を優遇、あるいは弾圧」をすれば「政教分離に反する」という大前提がこの国にはあるという事だ。

オリーブ茶を飲み続けて、身体の痛み、こわばりが取れ始めていて、反動で体が重い。。。

 最近、寝て起きると身体が痛い。

しかも、ものすごく体が重い。

「なんで?」と謎だったのだが。

ようやく意味がわかった。

長年、もう10年以上取れなかった全身の痛みの原因ともいえるこわばりが取れてる事に気が付いた。

これは起きた時、寝ていたのに腕が「ダラーン」」としてて。

関節がグニャグニャと動く感じ。

今までは、いくら寝ても、ハリハリでカチカチだった。

そこへ血液を流し込むのだから、流れやしない。

そして、歯を食いしばって寝てたわけだ。

痛いし、張るし、こわばるので。

しかし、そのこわばりがだいぶ取れて来てるようで、その反動として、全身が元々痛いわけで、力が抜けた分、痛みを感じやすくなったらしい。

これは恐ろしくすごい事で。

風呂に入ろうと、冷やそうと、どうやっても取れなかったの。

どうやらオリーブ茶が効いてるっぽく。

もうかれこれ半年以上飲み続けてる。

やべぇな、オリーブ茶、マジで効くぞ。

最初の3か月でだいたいの大きな痛みと腫れは取れたのだが。

まだ、部分的に全身のあちこちに痛みと腫れは残ってたの。

特に腕周り、肩回り、胸周り、ここはホント取れてなくて。

それがようやく氷が解けたように、やわらかくなりつつある。

お陰で楽なんだが、同時に辛い。

今日は「エアコン効きすぎかな?」と思う事もあるくらい、何度も体が冷えていて。

3度も風呂に入ったのだが、どうやらこれによって、全身の痛みが表に出て来たっぽい。

以前なら、エアコン効いてないと辛いくらい、身体が発熱してたわけだが、今だと体が冷えるくらいまで熱量が下がっているわけだ。

こりゃまだ時間がかかりそうだ。

2022年7月25日月曜日

転売屋に対する軽蔑の眼差し!

 僕は「転売屋」が大嫌いだ。

過去にも話したかもしれないが、とにかく仕事にならん。


そしてなにより「欲しい」と思うお客さんに直接届かず、無茶な値段を要求してくる。

人の足元を見た事をやっているわけだ。


古くは2次問屋、3次問屋、4次問屋、5次問屋なんてものがあって、1次問屋なら定価の掛け率も63%くらいで仕入れ出来るのに、掛け率98%とか103%とか108%なんてアホみたいな卸値を見た事がある。


時代は変わって、今は2次問屋以降はほぼ皆無だ。

しかし、ネットオークション、フリマサイトが多く出現して、気軽に、そして誰でも売買可能な時代になった。

それは良いのだが、それを逆手に取って、高額転売を繰り返す転売屋が後を絶たなくなった。


僕は最大限の軽蔑と侮蔑を持ってあいつらの事をこう思う。


「転売屋は客に非ず!人の道に非ず!商道に非ず!

駆逐せよ!滅びよ!冷遇せよ!」と。


少なくともこれに該当する人物は、単純な転売行為だけではなく、納税の義務も果たさず、古物商の免許すら所持していない。

実店舗も持たないわけで、ハッキリ言って治外法権の特別区で商売してるようなもんだ。

だから、公平性に欠けるんで、人としても商人としても認めない。

まして、市場価格を荒らすのだから、客ですらない。


もうかれこれ10年以上言い続けているが「転売屋は敵!」と。

これはメーカー、問屋、小売店、ユーザーすべてに取ってだ。

あいつらがいる関係で、販売予測が大きくズレる。


無名だった初代シャイニングアンドザダグネスの発売日の状況を思い出す。

 初代シャイニングアンドザダグネスは発売日当日良く売れた。

出たのは1991年3月29日(金)だったらしく。

僕の記憶では「学校終わってから、即、店に行ったはずで、昼過ぎには店にいた」という記憶なんで、たぶん、春休みに入る直前、終業式でもあったのかもしれない。

なので、ホント、昼からひっきりなしに「シャイニングアンドザダグネスありませんか?」とやってくる。

店長も「午後から増えた」と言ってたはずで、購入層もだいたい中学生、高校生らしきのが多かった。

MDで本格的なRPGと言えば「ファンタシースター」以外、ほとんど思いつかないくらいRPG不足を引き起こしていて。

SFCでは豊富に発売されるRPGを横目にしてたユーザーも多かっただろうと思う。

まあ、SFCはCPUの処理速度が遅いという欠点があったため、ACTやSTGを作る事がそもそも困難という問題があった。

それがちょうど、時代的にマッチしただけで、意図したことじゃない。

しかし、市場はそういう風には受け取らないし。

当然セガへの風当たりも強く「なんでRPG少ないん?」と。

そういう中で出たので、売れ行きが良かったのだと思う。

僕は発売前からノーマークで、発売当日になってタイトルも中身もすべて知った。

「これ面白いん?」と店長に聞くと「一本自分用に買ってるから、中開けてもいいで」というので、裏に籠って1~2時間ほどプレイしてみた。

驚くほどよくできていて、「これは面白い!」と僕も当日、すぐ買った。

当初は10本程度仕入れるつもりだったらしいけど、「なんか動きが良さそう」ってんで30本か40本か追加したらしい。

それだけ追加しても、当日完売だった。

もちろん、近郊店でMDを本気で扱う店など他に無い時代なので、他店は午前中には完売してたらしい。

恐らく数本しか仕入れてなかったのだろう。

かくして、「シャイニングシリーズ」という伝説は始まったのである。

2022年7月23日土曜日

僕が会社に入社して良く言われたのが。

 僕が会社に入社して良く言われたのが。

「話が長い」

「丁寧過ぎる」

「優先順位を決めろ」

だいたいこの3つ。

このうち「優先順位」については改善した。

あまりに周りが煩いんで、出来るだけ周りの仕事を優先することにした。

なので、僕の仕事は多忙を極めることになる。

で、「話が長い」と「丁寧」はほぼ、ひとくくりに出来ると思っていて。

僕の性格なわけだし、僕の味でもあるわけだ。

僕について来るお客さんは、僕の話を聞きに来てるような感じだった。

お客さんは「話が長い」とは言わない。

代わりに「他の人と違ってて、面白い」という。

この真逆な反応に僕は「どっちの言い分を聞く?」と考えた。

そして「お客さんが嫌がって無いなら、ありだ」と決めた。

なので、上記のうち2つはまったく変えてない。

腹立つのは、歓送迎会で幹事とかやった時で、「乾杯の音頭」をするにあたり「冒頭のあいさつを」と言われるわけだ。

そうすると「短めに、短めに」とみんなが言うわけ。

で。

面倒だから、そのまま「かんぱーい」と言うと。

みんな「え???」とか言いやがる。www

僕は「うっせぇな」と思う。

長い話を期待してるのか?短い話を期待してるのか?とにかく面倒。

たぶん、「短めに」と言われて、長々と喋る感じをイメージしてるのだろうけど。

「短め」と言われたら、マジで超短くするに決まってる。w

誰も僕と言う人格、性格を理解してない。

話が長いのは、お客さんに対するリップサービスも込みな楽しい接客なわけだ。

しかし、会社の歓送迎会に、「なんでお前ら接待せなあかんのや?」というのが僕の心境。

少なくとも、僕に接待されたかったら「金払え」。w

それくらいプロ根性持って仕事してたでな。

2022年7月22日金曜日

1995年7月21日はバーチャルボーイの発売日

 バーチャルボーイの発売日だったらしく、あちこちで写真が出回っている。

なんか、遺影を見てる気分なのだが。www

これな、実質半年しか稼働していない。

僕の記憶では7月に発売されて、3か月ほどで任天堂が撤退を決断したはずだ。

それくらい、逃げ足が速かった。

恐らくリストを見ると8月Ⅴテトリス、9月マリオクラッシュが出ているので、この販売数を見て撤退を決断したのだと思う。

一応12月まで新作ソフトの発売は続くのだが。

年末商戦頃にはVB本体は9800円という捨て値状態だった記憶なの。

なので、恐らく、初回発注は半年前に締め切っているはずなんで。

当時はROMだから、製造に3~4か月かかる事を考慮すると、撤退を決断した3か月後、つまり10月の時点では、すでに製造ラインが動いていたので、出荷を止めることが出来なかったと思われる。

なんにしても、任天堂にしては酷い商売をしたものだなと思う。

2022年7月17日日曜日

TMネットワークの歌う「Beyond The Time(メビウスの宇宙を超えて)」の歌詞の長年の謎を追い求める・・・

Beyond The Time(メビウスの宇宙を超えて)

作詞:小室みつ子

作曲:小室哲哉

歌:TM NETWORK


ずっとTMネットワークが歌う「機動戦士ガンダム逆襲のシャア」のエンディングテーマソングを違和感たっぷり聞いてて。


劇中で言えば唐突に終わるでしょ?そして、この歌詞が流れるわけだ。

「なんか?ひっかかるんだよなー」と。

ずーっと思ってたの。

で。さっき。

寝ててなんか気づいた。


「あれ?これって、劇中の主人公たちの事を歌ったものじゃなく、冨野監督の作品への思いを語った歌?」と。


確かにそういう風に聞くとしっくりくる。

本来なら「ベルトーチカチルドレン」で出したかったのに、会議で否定されて、合意成型された形で現在の劇場版が出来たらしい。


まさしく、冒頭の「you belong to me(あなたは私の物です)サヨナラ言えなくて いつまでも抱きしめたかった i belong to you(私はあなたの物です) 張り裂けそうになる この胸を君に差し出して♪」など、自分が作った作品をスポンサーや配給会社、製作委員会のような所へ差し出した・・・と解釈すれば、なんか納得できることに気づいた。www


ただ、意味不明な部分もまだあって。

「コバルトに光る 地球がある」とか「we belong earth(私たちは地球に属しています)」なんて部分で「地球」が英語、日本語両方出てて来るという点だ。


これは制作会社がサンライズなんで、サンライズだとしたら「太陽」でしょ?

だとしたら、冨野監督がいる所が地球って解釈になるのでは?と。


「you can change your destiny(あなたはあなたの運命を変えることができます) 時の向こう

you can change future(あなたは未来を変えることができます) 闇の向こう

we can share the happiness(私たちは幸せを分かち合うことができます) 捜して行く

許し合えるその日を♪」


基本的に「あなた」という部分が多く出るのだけど、名前や主語が無いので「誰?」かわからない。


しかし、この部分も「運命を変える」「未来を変える」「私たちは幸せを分かち合うことができます」と続き、最後に「許し合えるその日を」となります。

という事は、お互いの妥協点を導き出し、作品の未来を変え、運命を変え、興行成績で成功すれば、幸せを分かち合うことが出来、その結果許し合える日になるだろうと読めませんか?


また「探す」ではなく「捜す」という日本語を選択している部分にも注目です。

検索すると「探す」と「捜す」は『一般に「無くしたもの」「見えなくなったもの」や「居なくなった人」などを「さがす」場合には、「捜す」です。「紛失物を~」「行方不明者を~」 また、「欲しいもの」や「見つけたいもの」を「さがす」場合には、「探す」を用います。「職を~」「他人のあらを~」』NHK文化研究所より引用

だそうで。


この場合、元のベルトーチカチルドレンから「なくしたもの」「見えなくなったもの」「居なくなった人」がいることが連想されます。


「ああ、メビウスの輪から抜け出せなくて いくつもの罪繰り返す♪」

「ああ、メビウスの輪から引き寄せられて いくつもの出会い繰り返す beyond the time(時を超えて)♪」


ここの部分も「メビウスの輪とは?」という謎がずっとあったのですが。

これを日々、続く毎日の業務を指すと、人の仕事、業務はメビウスの輪のように延々と続きますし、失敗も繰り返します、さらにはその仕事を続けていると、新しい取引先など出会いがあります。

「時を超えて」という部分だと「長い年月をかけて」とも取れます。


「平和より自由より正しさより 君だけが望むすべてだから 離れても変わっても見失っても 輝きを消さないで♪」

恐らく戦争が終わって平和になったガンダムの世界、自由に作りたい自分、それを正しいと思う自分がいて、けれど、君だけ(スポンサーや制作会社)だけが望むすべて(映画化)だから、クローバーが離れても、バンダイに変わっても、作る意義をを見失っても、ガンダムという商品価値を絶えさせたくないのでしょう?というように解釈すると、一応、なんか辻褄合う気がします。w


「ああ、もう一度君に巡り合えるなら メビウスの宇宙を超えてbeyond the time(時を超えて)♪」

最後の歌詞こう結ばれています。

この「もう一度君に巡り合えるなら」という部分は、本来作りたかったベルトーチカチルドレンの事を指してるのでないでしょうか? 

そして、また時間を超えて、作る機会に巡り合えたらと考えると、一応、納得が出来ます。


そして、昨今、ベルトーチカチルドレンの再評価として漫画が作られたり、そして、ガンプラキットではナイチンゲールが発売されるなど、時を超えて、この作品に巡り合えていると思うと、未来を期待した部分のように取れます。


他の部分の歌詞も個人的な解釈があるのですが、字数がすごいことになるので、大まかにまとめる程度にしました。

デオデオネバーランド佐賀本店でディスク売場改革をした時のお話。

2007年10月デオデオ佐賀本店ネバーランドに転勤した時、一番最初に思ったのは「おもちゃ、ゲーム、ディスク、3つあるうち、ゲームから立て直さないとダメだな」という事で。

これには売場をいじるのに3か月かかり、部下に仕事を覚えさせて習慣化させるのに半年くらいかかった。

結局、10月に赴任して棚割りは12月までになんとかなったけど。

ほぼ毎日、ずっと棚を入れ替えて高さ、奥行き、段数、角度、プライス、すべてに手を入れる事をほぼ一人でこなしていた。

まあ、人を投入しても、まず僕の言ってる意味がわからないはずなので、指示するだけで済むならこんな面倒なことなどしやしない。

そして、翌年6月にPS3のメタルギアソリッド4も発売されて一息ついたころ。

ディスク売場のパートさんが横目で「うちもなんとかしてください」と懇願してきた。

まあ、順番的にそろそろだとは思っていたのだけど。

とりあえず、パートさんに本部に売場いじっていいか?確認取ってくれとお願いし、「OK出ました」というので、僕が売場の図面をExcelで書き起こして「この棚割りにして」と担当者にやらせた。

僕はディスク販売の経験がないので、ハッキリ言ってよくわからないの。

けれど、それはデータ上での販売量がわからないだけで、どれを軸に売ればいいのか?ここはわかっている。

ゲームの担当者も暇そうにしてたので、応援で入れて2名体制で棚割りの大幅な変更をかけた。

基本やったのはこれだけで。

あとの事はすべてパートさんにお任せ。

だが、棚割りの変更にかかった日数で言えば2週間くらい。

そこから劇的に数字が上昇し、エリア最下位だった佐賀本店のディスク売場は、エリアで一位になっていた。

これに嬉々として喜んでいたのは、当然担当者のパートさんだった。

しかも、「これまで何度も本部さんがやって来て、直したのに、一度も数字が伸びた事がなかったのに、なんで?」とまるで魔法でも見たかのような感じだった。

理由は簡単でな。

当時、洋画DVDは2枚セットで1980円、3枚セットで2980円なんてことやっていて。

韓流ブームも終わり、ヨン様ブームも終わっていた。

僕の目利きだと「アニメは順調に売れている」なんで。

アニメの棚を広げただけ。

実は、洋画、邦画、これだけで売上の6割あるのだが、基本、1本売れたら終わりよ。

けれど、アニメってテレビシリーズやBOXが基本なので、1つで終わらない、6巻セットとか12巻セットとか、上下巻BOXとか、そういう買い方に基本なる。

しかも値引きもせずにだ。

軽く3万、6万という売れ方をするんでな。

けれど、販売構成比で言えば15%くらいしか無いので、会社としては見向きもしないわけ。

だから「アホだ」と僕は入社した93年頃から、ずっと言い続けていたので、今回担当責任者として好きにやらせてもらえるので、証明して見せただけなのだ。

次に「単価」の問題、1枚5千円する旧作DVDを2枚、3枚セットで半額以下という単価を下げる事をやってるのだから、何枚売っても売り上げにならんわけ。

だったら、まだ出始めのBDディスクを広げればいい。

BDは単価も高く、安売りもしてなかった。

しかも、「男はつらいよ」とか「釣りバカ日誌」のような旧作BDでさえ定価で売ることが出来た。

そして、新作アニメのBDの販売は好調だった。

1スパンあったものを5スパンへ、その後さらに7スパンまで広げる予定で棚割りを変更した。

これで、今まで持っていた在庫のまま。

何も変えていない。

見せ方を変えただけ。

僕はこの棚割りを変更するだけの手法を「あるように見える」理論と名付けている。

それだけで、簡単にエリアで1位になったわけだ。

商品の補充発注他、すべてパートさん任せ。

細かな数字も基本、報告を受けるだけにしてたし、僕は棚割りを考えただけだった。

DVD、BD、CDの販売ノウハウってのは、一応テレビゲームの応用でしかない。

あとは、2007年の11月頃、2008年1月に発売さる予定の新作DVDで「みなみけ」のポスターをパートさんが張り替えてたんで「ああ、これ売れるよ」と一言。

それを聞いたパートさんが、いつの間にか多めに発注してたらしい。w

なので、発売日にドンピシャ大成功だったと言っていた。

さらにその後、3期が放映されていて「あ、今度はこれ売れんで」と忠告しておいた。

そしたら、マジで売れなくて、パートさんが「宮本さんが売れないというから、本部の発注本数減らしてもらってて正解でした」と言っていた。

1期、2期は順調に売れてたのだけど。

3期は基本絵柄も変わってしまい、お話もつまらなくなっていたので、売れないと踏んでいたの。

そして2007年に出ていた劇場版エヴァンゲリオンのDVDが発売されて、巷で「無いか無いか?」と大騒ぎになってたらしい。

発売時期的に「なんかおかしい」と直感的に思い、それでパートさんが「再入荷の目途立ってないんですけど、どうします?」と聞いてきたので、ゲーム担当の部下に「ちょっと調べろ」と指示を出したら「宮本さん!わかりました!」と報告にやって来た。

「あれは初回特典でセル画がついて来るんですが、何が当たるかわからないそうで、それであたりを探してるみたいです」と。

速攻でパートさんに「追いかけるな」と忠告した。

そしたら、マジで再入荷分から動きが停まった。w

再入荷分にはセル画はついてなかったからだ。

他店は、勢いに任せて再発注かけてたから、余ってたらしい。

僕はこういう形でしかディスク売場に関わっていないのだけど。

指示したことは、キッチリ守ってくれるパートさんのお陰で、かなり良い数字が残せた。


テレビゲームでデカいコントローラーのハードは売れない。

 僕が「デカいコントローラーは売れない」理論を提唱し始めたのが約30年前くらいで。


この時、最初に思いついたのは「メガドライブのコントローラーデカくね?」だった。

それでメガドライブ2になってファイティングパッド6Bって小型になった時「あ、これ売れる!」と踏んだ経験がある。


実際、2は良く売れた。

出荷台数で言えば、1とほぼ同じか、むしろ2の方が売れたんじゃないか?くらい。


で。

後にセガはセガサターンを投入するわけだけど。

僕はこのSSパッドに不満だった。

なぜなら、一回りデカくなっていたからだ。


とはいえ、相手陣営のPSもなんかコントローラーデカそう?と思ってたのだけど。

発売日当日に触ってみると「あれ?案外小さいし、軽い」だった。


この時、一抹の不安を感じて「え?まさか!?」と。

しかし、SSの快進撃は止まらず、「おお!杞憂、杞憂♪」と思ってた矢先、最終的にSSは負け、PSが勝ってしまった。


これにいくつか他のことも要因があるのだけど。

僕の言う「デカいコントローラーは売れない」理論、「案外間違ってねぇんじゃねぇの?」と。


それから時は経ち。

WiiUが発表されると速攻で「これ売れん」と烙印を押した。

当然、switchなど半年前から「売れる、たぶん、売れる、もし売れなかったら僕引退」とまで宣言してたくらい。


理由は「ジョイコンは小さいから売れる!」だ。w

しかも、「発売日当日にゼルダが遊べるんだぜ?なんか文句あるか?」とさえ言っていた。

2022年7月7日木曜日

思い出したこと・・・(-_-メ)

 とあるTLで「プレイしてて腹が立つと、ゲーム機を投げつける」って話が飛んできて。

一つ思い出した。


これは僕が小学5年生の頃。

1年ほど前に近所の公園で遊んでいて、知り合いになった幼稚園児がいて。

公園の隣のマンションの最上階に住んでる子だった。


家に上がった事もあって、ジュースやお菓子を母親が出してくれた。

二人で一緒にファミコンして遊んだのだ。


それから1年後。

小学一年生になった時。

それまでも何度かお互いに家に上がり込んで、ファミコンで遊ぶとかしてたのだけど。


その日は、何を遊んでたか?忘れたが、その子がゲームをプレイしていて、負けたか、上手く操作が出来ないかで、僕の家のファミコン本体を持ち上げて、投げつける手前まで行ったのよ。


すぐさま制止して。

「やめろ!」と静かな低い声で叱った。

「自分が何をやってるのか?正確に理解してやってるのか?」とさえ諭した。

そしたら、本体を元に戻して、泣いて帰って行った。


それから数か月後。

「どうしてるかな?」と思ってたんだが。

ある時、公園で目にしたので声を掛けてみた。

しかし、一向に振り向かない。


無視されたのかな?と思っていたら、「気づかなかった」と言っていて。

「そんなことないだろう?」と不思議に思ったわけ。

それで話を聞くと「左耳が聞こえなくなった」と言っていて。

「なんで?」と聞いたら「お母さんに叩かれた時、鼓膜が破れた」と言っていた。


元々、何度か家に上がって、顔は見知っていたけれど、「金は持ってそうだし、身なりもいいのだが、なんか引っかかる親だな?」と思ってた。


親としてはかなり問題のある親だったと思う。

ただ、外面は良いので、すぐわからない。

僕が違和感を感じたのは、たぶん、そこ。


あの時代、子供が多かった。

様々な子を見たし、様々な家に上がり込んで親も見た。

子供に何らかの癇癪持ちがいたら、たいていの場合、親に問題がある。


嘘を平気でつく子もいたし、人をいじめる子、窃盗のような悪さをする子、など、問題児の家と親を見れば一目瞭然だった。


荒れている家庭の特徴ってのがあって。

玄関口、ベランダに物がたくさんある、もしくは散乱してても放置してるとか。

家の中に何もないとか。

異なる香りの芳香剤を使っているので、家の中で科学的異臭がするとか。

階段や床に埃が溜まったままとか。

金持ちだと、家は大きく部屋も庭も小奇麗だけど、親が常に居ない状態が多く、子供に大金を渡し好き勝手にやらせてるとか。


まあ、だいたい、こんな感じの家を見たら要注意だ。

必ず「なんかある」。


上の4つは、生まれた時から、そういう環境で育つと、幼稚園児、小学生低学年で問題を起こしてる事が多く。

最後の5つめだと、小学生の頃までは育ちのいいお坊ちゃんやお嬢様のだが、中学生くらいになると途端に不良と絡んで遊びほうけたりする。


むしろ、親が病気で伏せっている事が多かったり、早くに亡くなったような子は、他人に優しい。

そして、なにより、精神的にタフ。


親の影響ってのは、子供にとっては100に値する。

言われたこと、見せられたこと、されたこと、教わったこと、それは世界のすべてとなる。

だから、子供の育て方は難しいし、大変なのだ。

不思議に思うことがある・・・(-_-;)

 不思議に思うことがある。

恐らく、世の中のほとんどの人は小学校、中学校、高校までを過ごし、一部では大学や専門学校、短大まで学生生活を過ごして大人になったはずだ。


けれど、社会に出たら「仕事が出来ない」「実績が上げれない」「挨拶も出来ない」ってのがゴロゴロいる。


「6・33で12年♪」と小泉学習机のCMを記憶しているけれど。

まあ、僕も12年は学生生活送った。


学校で習った事と言えば「挨拶をしなさい」「大きな声を出しなさい」「これを覚えなさい」ってな具合で。

学芸会なら「体全体を使って演技をしなさい」だったし。

運動会なら「力の限り、全力で走りなさい」だった。


好きな授業や科目があるなら「それを伸ばしなさい」とも教わった。


けれど。

他の人は何を教わったのだろう?


店に立てばじっと黙って立ったまま、お客さんに呼ばれるまで待機してたり。

「給料入ったらどこへ行く?」と遊ぶことばかり考えて。

SNSでは不平不満を言い「働きたくないでござる」という。


僕の父親からは「人間、一生勉強やぞ」と教わった。

僕は小学生の頃「この世界を生きる説明書ってどこにある?」と父親に聞いたことがある。

父親は「それは六法全書ってのにすべて書いてある」と教えてくれて。

僕は「それ見たい」と言ったら「あれは高すぎて買えない」と言われた。w


だが、今やネットの時代、六法全書も検索すれば誰でも読める。


僕はすべてに目を通してないけど、犯罪が起きた時は刑法を調べるし。

世の中に間違った解釈や考えがあると思うときは「ルールはあるはず?」と答えを探して検索しまくる。


僕は学校の勉強は大嫌いだったけど。

こと自分に関わる事に関しては、未だに覚えているし、新たな知識を得るために調べて学ぶことを止めていない。


会社に在籍してた頃は、朝から晩まで一日中、客がいよう、いまいが「いらっしゃいませー!」とデカい声を出しながら仕事をしてた。

商品を磨きながら、待機して。

お客さんが入って来たら、速攻一番「いらっしゃいませ」だし、店から出てゆく人には「ありがとうございました」という。


こんなこと、学校で12年間、授業始まる前に「起立、礼、お願いします、着席」とやらされ続けただろ?

まして授業が終われば「起立、礼、ありがとうございました、着席」と毎授業やったで?


「お前ら一体、何を学校で学んだんな???」と僕は思う。

数式、年号、元素記号覚えるだけで、道徳は覚えなかったのか???

学校でテストをすれば90点、100点と取るような秀才君は、なんで社会に出たら、営業成績で達成率100%に乗せれないの???

僕は中学、高校と0点、5点、10点、15点しか取ってないけれど、高校生でゲーム販売の仕事をさせれば、1年で1億づつ売り上げを伸ばすとか出来たで?


肉屋でバイトした時なんか、売り上げが低迷し始めてて「本部では閉鎖を検討」してたのに。

僕が学校終わって店のバイトに入っただけで、3か月で売り上げ爆上げして、それを評価され時給も最短3か月でアップした。


社会人になって家電量販店に勤務して、赤字店舗へ転勤した時なんか。

全部門、売上未達だったけど、僕が転属して、僕が仕切る売場だけ、毎月、達成させてたで?


僕が散々「学校の勉強が出来ても、仕事が出来なきゃ使い物にならん」って断言できるのは、そこまでやったから。


これは秘めたる想いだったけど「自分の学力の無さは、やる気が無いだけで、そのリソースをすべてどこへ振るか?そして、結果で証明して見せる」という考えがあったからだ。


学校の勉強はつまらんよ。

「A君はB君の家に行くために、徒歩で5km、C君は自転車で15kmを走った。この時の時間を答えよ」

バカですか?www

こんな日本語、誰も使わねぇよ。

そして、例題として不適切だと思う。


算数に足らないのは「国語力」。

国語力の無い設問しか作れない文部科学省はアホ揃いだと僕は思う。


「りんごが3つありました。みかんが3つありました。合わせるといくつになるでしょう?」

バカですか?www

りんごはりんご、みかんはみかん。

合わせる必要がどこにある???


同じ質問するなら「リンゴが3つありました。さらに3つりんごを買ってきました。合わせるといくつでしょう?」の方が理屈に合ってる。


算数ってものは、国語力が無さすぎていつも「ばかばかしい質問」だと思ってた。


実は小学校5年生の1学期、全科目で良い点数取ったことあってな。

家に帰って、宿題もしないのに、この時だけは、宿題もやったし、予習もやってたの。

それで期末に渡された成績表を見て、僕は納得がゆかなかった。

5段階評価で一番下の5ばかりだったからだ。


この時ばかりは、学校の担任に詰め寄った。

「これはおかしい」と。

あまりにしつこく、本気で怒る僕に、教師はこう諭した。

「成績評価の数は、枠が決められていて、本当は全員に1を与えてあげたいくらいなんだけど、それが出来ないんだ」と。

「だから、1も2も、3も4も5も、を取れる人は数は言えないけど、あらかじめ決まっている」と。

そしてさらに怒る僕に「宮本には言うけれど、成績表の点数に厳しい家庭がある、その子らは一定の点数を取って帰らないと、食事を抜きにされたりする。けれど、宮本の家はそこまでじゃない。」と。


これは、ハッキリ言って「裏切られた」という気持ちしか湧かなかった。

そして「どうせキチンと勉強して、実績出しても、正当に評価されないなら、僕は学校の勉強を金輪際しない!」と決めたわけ。


けれど、高校生になって仕事をして、実績を出すと、周りの大人たちは正当に評価を下してくれた。

時給を上げるとか、仕事を任せるとか、権限を委任するとか。

社会に出ても同じだった。


世の中で不平不満を言っている人らに聞きたい。

「あなたは、本当に、他の誰よりも、とびぬけて実績あげましたか?」と。

そして、「それで裏切られたのですか?」と。

もし、そうなら「早くその会社を辞めろ」と助言する。

正当に評価してくれる会社にいた方が、精神衛生的に良い。


それがどんな仕事であれ、正当な評価があるなら、あなたに合っているのだから、やるべきだ。

そして、「仕事で相手に舐められるな」。


僕のことを格下だと見下して、舐めた態度や口をした奴は、社会に出てもいた。

けれど、どうやっても僕に追いつけない実績を毎月、毎年、ずっと出し続けてたら、いつの間にか立場が逆転してた。


ある程度力業かもしれんが。

とはいえ、「やるべきことを、あるべき姿で、やり続けた」結果である。

裏技とか、セコイ事はしていない。

むしろ、人より多くの困難な案件を、率先して引き受けてたくらい。


それで貧乏くじを引いたこともあったが。

誰か正当に評価してくれている間は、自分の居場所は自分で作ってるから、不動でいられる。


学校のように腕力や学力で人を見下すような連中もいたが。

果たして、あいつらは社会に出て、今頃どうしているやら。

SNSで不平不満を口にしてるのは、案外、そういう連中かもしれない。


今日「死ぬまで働かせられる社会」というハッシュタグが出回った。

「働きたくない」という発言が多い。

僕は「奴隷根性」だと断言した。


「仕事は楽しく、面白く、充実したもの」というのが僕の仕事に対する思い。

今は病気をして、満足に出歩けないので、仕事が出来なくてストレスでしかない。

正直思うよ「世の理不尽。働きたい人物には死に至る病を与え、働きたくない人物には五体満足なのに不満を言う」

「なんなら、今すぐ僕と身体を入れ替えてくれ」と言いたいくらい。


毎日、寝たきりみたいな生活をして、病院通いをする生活のどこが楽しい???

どうせ死ぬなら、僕はゲームのパッケージが並ぶ、売場で死にたい。

それくらい、ゲームを売る事に執念を抱いて、戦ってきた自負がある。

2022年7月4日月曜日

VRやメタバースに僕が断言できること・・・( ̄▽ ̄;;)

 これは僕の持論だが「VRに金脈は無い」と。

しかし、一つだけ例外を認めるとしたら「アニメや小説の世界では商売として成立する」とだけ断言できる。

すでにアニメ、小説の世界でVRを題材としてヒットした作品はあるからだ。

しかし、これが「テレビゲーム」となると、まったくと言っていいほど「ヒット作」を思い浮かばない。

「すでに答えは出てる」と言っていい。

VRでオンラインで、ユーザーを作り手の思惑通りに動かすことが出来なかったのよ。

ユーザーが求めているのは、アニメや小説で語られ表現するような夢のように無限大の世界。

しかし、VRと言えど、所詮デジタルデータ。

データ以上のことは出来ない。

やりたいこととできることに乖離があると言えばいいだろうか?

例えば、自分が見た夢を他人に見せることが出来ないのと同じで。

VRも自分しか体験できないから、体験共有ってものが希薄になる。

恐らく、ここを何度説いても、技術屋には理解されないのだろうと思う。

あの人らは、別次元でVRをとらえてるようなんで。

僕は「商売」としてでしか、物事を見れない。

それは商人として当たり前の思考なのだ。

「VRで飯食えますか?」

これに「食えるよ」って言える人がいるなら、ぜひお会いしたいものだ。

恐らく、そんなことを平然と言える人がいたら「詐欺師」と思った方がいい。