2022年3月21日月曜日

これから先の未来の事。。。"(-""-)"

 ここ最近感じる事。


「僕の販売手法は、今後、役に立たないだろう」ということ。


ブランクがあることも要因なんだけど。

それ以上に「時節が変わった」としか説明できない。


この30年、いくつもステージを切り替えても対応して来たけど。

「時節」というものはステージではなく「時代」そのもの。


要は「江戸時代が終わった」とでも言えばいいのだろうか?

ちょんまげをして、和服と下駄やわらじを履くような時代は終わったってことだ。


まったくのゼロベースから、仕込み直さないと、商売やっても勝ち目が無い。


理由は過去いくつか喋ってるけど。

僕が「予測」していた状況はほぼ、完成したってことだ。


それはこのロシアとウクライナの戦争にすら至る。

僕は常々、将来的な話をする時、最後に「まあ、戦争とか有事が起きなければね」と付け加えていた。


すでに新型コロナによってパンデミックという有事は発生し、極地的とはいえ、世界を巻き込んだ戦争に発展しつつある。

これを「有事」と定義しないで、ボケーっとしてるヤツは気づいたら死んでるかもしれない。


新型コロナは家にいれば、とりあえず安全だった。

しかし、戦争となると防空壕や地下シェルタークラスじゃないと安全とは言えない。


さて。

僕がこれから商売するにあたって、「何を売るか?」だが、「安心と安全」だろうと思う。

もう「娯楽」を売る時代は終わった。


これからは衣食住というインフラを、「安心、安全」な状態で提供する仕事が主戦場になる。


これは生きるために必要なことであり。

食料を容易に得られなくなる可能性を示唆したものだ。

居住に関しても、地震、津波、爆撃、これらに耐えうる家はほぼ存在しない。


すでに「この世に安全な場所など無い」ということを、広くみんなが感じ始めている。

であれば、今いる所で、どうやって?安全に暮らすか?という命題を突きつけられるはずだ。


だけど、僕にはもうそれほど時間は残されていない。

ゼロベースから対策を考えて、実際に行動に移すまでの時間すら残って無いと自覚する。


だから警告だけはしておく。

「生きろ」と。

「どうやって?」と聞かれれば「とにかく協力しろ」としか助言できん。


一人助かろうなんてことは絶対にしない事だ。

これまではインフラが整備されてたから、一人でも生きられた。

これから有事の際は、一人では生きて行けない。

協力し、団結し、大勢の力を持って善を行わなければ、助からない時代がやって来る。

2022年3月20日日曜日

今日はパナソニックの3DOが発売された日らしい。。。( ̄▽ ̄)

3DOが売れなかったという史実は広く知られていることだけど。

当時が一体、どういう状況だったか?証言しておく。w

 

初期ラインナップが「誰に売るの?」というものでな。

3月20日 ウルトラマンパワード(バンダイ)

3月20日 ザ・ライフステージ(マイクロキャビン)

3月20日 チキチキマシン猛レース(フューチャー・パイレーツ)

3月20日 ファイアボール(日本データワークス)

3月20日 ペブルビーチの波濤(T&Eソフト)

3月20日 山村美紗サスペンス〜京都鞍馬山荘殺人事件〜(パック・イン・ビデオ)

こういう風になってる。

まず、ウルトラマンパワードは対象は小学生や幼稚園になりそうなんだが、54800円もする本体を買ってもらえるわけがない。w

年齢層高めにリーチするのだと、ペブルビーチの波濤なんかは、いいのだけど。

すでにスーパーファミコンなどで出てたものなので、目新しさが無いし、わざわざ高いハードに買い替える動機にもならん。

山村美紗サスペンスとかも大人向けなんだが、ADVって実写でヒット作は未だに無くてな。

サスペンスモノが好きな層は、テレビのように見る方が好きで、自分で捜査するって意欲は無いのよ。

では、この中で一番売れたタイトルは?というと。

「チキチキマシン猛レース」だったりする。w

これはなぜ売れたのか?「わからん」というのが実情なのだけど。

購入層が本当に年齢が高かったのが要因としか言えない。

実際、50歳以上の人の購入率が高くてな。

接客して話を聞き出すと「スーパーファミコンとかおもちゃ」という反応が返って来る。

そして「任天堂?あそこは名札の会社じゃん」という。

この後、ソニーのプレイステーションが出るけど。

似たような現象があって、購入層は20代と若いのだけど、「スーパーファミコン、セガサターンはおもちゃ」と言ってた。w

「ソニーは家電製品」とかなんとか。www

これが偽らざる当時の顧客の反応だった。

補足しておくと。

チキチキマシン猛レースって、レースでどれが一位になるか?を当てるだけのゲーム。

これが50代以上のおじさまには、「遊べる」しろものだったってこと。

要はパチンコと同じ原理で、当たりか?ハズレか?の結果待ちだけのゲーム性なの。

この時、「やっぱりコントローラーを直感的に操作することは、この年齢層には無理なんだな」と再確認した。

2022年3月1日火曜日

核抑止力について思う事・・・( ̄▽ ̄;;)

 中学生の時、同級生と「核抑止力」について議論した。

僕は「核は捨てるべき」派なんで。

「抑止力なんて信じられない」と言っていた。

友達は「世界は抑止力でコントロールされている」と言っていた。

「冷戦とはまさにそのことだ」と。

僕は学校で習った事を最初から否定的に捉えてたし、テレビの言うことなんか、嘘が多いと言っていたんだが。

「核抑止力とはなんぞや?」と何度も自分に問いた。

それは「疑心暗鬼」としか言いようがない。

で。

「こんなのヤクザやヤンキーが、オラオラしながら、どちらが先にどつくか?って状態だろ」と言っていて。

誰も止めなきゃ、そのままお互いどつきまくるなんて、明らかじゃん?

けれど、友達は「それでも核は抑止力になる」という。

「相手が撃てば、こちらも撃ち返すから、抑止力になる」と。

「けれどな、もし、頭、逝かれたアホがボタン握ってたら、どーすんな?」これに友達は「それこそ無い事だよ」と答えていた。

が、しかし。

今、そこにある核の脅威は、まさに、「頭イカレテル」って言えるような人物がカギを握ってるんだよなー。。。

2022年2月15日火曜日

ゲーム開発者に欠けている視点について思う事・・・( ̄▽ ̄;;)

 僕的不満なのは「メーカーはユーザーにサービスし、ユーザーはメーカーにリスペクトするが、問屋、小売店には一切、なにもしない」ということ。

あのな。

これは僕的個人的恨みかもしれんが。

「この業界を陰で支えているのは、問屋、小売店やぞ!」と。

買い取った商品すべて自腹で値引きして、すべて売り切って来た。

クソゲーだろうと、バグだらけのソフトだろうと、ほぼ、店の責任で売り切って来た。

メーカーぬくぬくと売り切って育って来たという自覚がない。

せめて「販売店には申し訳ない」とか「いつもご協力ありがとうございます」とか「お願いします。仕入れてください。」くらい言えよと思う。

「作るのしんどかったんです」とか「いろんな圧力がかかって大変だったんです」とか、そういう話聞くと「まあ、大変なんだろうな」と理解はするけど、同時に「お前が作った商品売ったのは俺じゃ!」と言いたくなる時がある。w

仕掛けも工夫も無く、ただ陳列だけして売ってるわけじゃない。

ひたすら予約を取り、見える位置を考えて、対局になる商品のそばに置いて、顧客に選択肢を与えて売って来た。

一度店に立って売ってみればわかる。

「なんでこんなもの出したんな!」と怒鳴りたくなることってあると。

けれどな。

僕も大人なんで「世に出しただけすごい」と認める。

なんだかんだと、日の目を見ないものの方が多いはずだからだ。

でもいう。

「売れれば正義」「売れなければ悪」だと。

2022年1月23日日曜日

グラディウスの系譜について、思う事・・・σ( ̄▽ ̄)

 店に立ってて思ってた事だけど。


80年代の後半、コナミ「脱グラディウス」を掲げてた感じがしていて。

それに成功したのが「沙羅曼蛇」だったと思う。


あれはタイトルこそ「グラディウス」を採用してなかったし、日本版ではパワーカプセル方式じゃなかったけど、実質、グラディウスに続く作品で、ストーリーにも連続性があった。


んで。

「脱グラディウス」を掲げてただろうに、MSXという最弱ハードで「グラディウス2」が出てしまう。

しかも、これが思いのほかヒットしてしまった。w


たぶん、この時、社内で慌てたのか?焦ったのか?それとも強気になったのか?

アーケード部門から「こっちが真のⅡだ」みたいな感じで「グラディウスⅡゴーファーの野望」が出てしまう。


たぶん、Ⅲを出す気無かったんじゃないか?って思うんだけど。

ゲーメーストにも「グラディウスシリーズに続くシューティングゲーム」という感じで紹介されてたのが「サンダークロス」だったんで。


けど、どうしてもグラディウスを超えれない。

それに、どこか、敵の動きがグラディウスから脱却も出来ていない。


そういう中でゲーメストを中心に開発されたのが「グラディウスⅢそして伝説へ」だったはずで。

確かに出た時は人だかりになったのだけど。

あまりに難しすぎるのと、ステージが長すぎて、ついに誰も遊ばなくなってしまった。


そこでまた「脱グラディウス」を掲げて登場するのが、「ゼクセクス」だと思っていて。

あれな、「KONAMI版R-TYPE」って呼んでるんだけど。www

最初からフォースみたいなのくっついてるんだけど、こいつが「超」が付くほど「バカ」な反応しかしない。


早い話、敵を捕捉しないんで、使いどころがほとんどない。

改めて、アイレムのR-TYPEのバランスや全体の攻略法が素晴らしく確立されたものだと気づかされた。


そのあと、グラディウスを作ったチームは、PCエンジンで「ときめきメモリアル」を作って、別の一時代を築くわけだけど。


またしても、この時、MSXから使者が送られていて。

「パロディウス~タコは地球を救う~」が発売されていて、地味にヒットしてたりする。


そこにアーケード版「パロディウスだ!神話からお笑いへ」が登場して、またしても、グラディウスに先祖返りするわけだ。


しかも、その後も、グラディウスの「正統続編」と名をつけてⅣとかⅤとか、出すけど、イマイチヒットしない。


なのに、「オトメディウス」が出ると、また息を吹き返す。www

マジでこの「グラディウス」というシリーズは、期待の斜め上を行かないとヒットしない珍しいタイトルなんだなと気づかされる。

2022年1月21日金曜日

VR、メタバース、さて、次の言い訳はなんだろうね?

 「もうVRに金脈は無い」と言い続けてるのだけど。


僕の記憶では30年前だと「製作費が掛かり過ぎることと機器が高い」という言い訳が成り立っていて。


つい5年くらい前だと「コンテンツが足りない」とか言い訳してたはずなんだけど。


結局、コンテンツも増えたし、制作費も専用じゃなく、PS4では一般ゲームと両対応にしたし、機器も安くなったけど、「ヒットしとらんで???」なわけだ。


まあ、PSVRが品切れが続いてたけど。

全世界を入れて500万台を売ったに過ぎない。

これ、一つのハードとしてみた場合、完全に負けハードの台数やんけ。。。


これで未だに現状がひっくり返らないし。

世界的大ヒットしたタイトルとして、「VRと言えば?」という代名詞的ソフトも無い。


そして今度の言い訳が「メタバース」だ。w

もはや笑うしかないレベルなのだけど。

ゲームで売れないなら、仮想空間で人と会ったり、商品を売ったり、会議することに目的を変えたらしい。


僕からしたら「いつまで金脈ない所で、まだ掘ってんの?」と思う。


2022年1月16日日曜日

世間を騒がす犯罪者、自殺者に思う事・・・σ( ̄▽ ̄;;)

 犯罪を犯す人間は偏差値にも成績にも表れないんで、オイラは昔から偏差値や成績で人を判断しないことにしている。


一般的な言葉を使えば「人間性」という部分に評価を持っているのだけど。

これを定義するのは難しい。


「性根」(しょうね)と言っていいのだけど。

「やる気、根気、死ぬ気でやった事のあるヤツはなんか違う」と思ってる。


よく「死にかけたら人生観変わった」とか言うのもそれ。

案外人はコロッと死ぬし、なかなかくたばらない。


そういう人間の持つ業や生命力って事を自覚すると、人を見る目、世の中を見る目は変わる。


人の生死にかかわる仕事をしてる人が、世間の人と捉え方が違うのもたぶんそこだろうな。


よく憎しみを込めて「死ねばいいのに」というけれど。

「人は誰しも、いずれ死ぬし、お前もいずれ死ぬ運命」だと僕は思う。


だから、腹が立っても「死ね」とは言わない。

そんなことを言ってたのは子供の時だけだ。


人はほっときゃ必ず死ぬでな。

楽に生きようと、苦労を重ねようと、努力しようと、結果を出そうと、いずれその時はやって来る。


ただな。

俺の中にあるのは、死んだとき「無力だけど、ここまではやった」と言えるか?ただそれだけで生きてた。


これも何度も言ってきたことだけど「言うべき時に言って、やるべき時にやった」と。

その結果が最悪だったとしても、やることだけはやったと胸を張って言える。


親とも戦った、学校の先生とも戦った、会社の上司とも戦った。

それは「自分の身は自分で守る」って事を自分の人生を通じて会得したからだ。


いくら仲良くやろうとしても、まったく接点の無い人からの誹謗中傷は止まらない。

そういう同級生や同僚とも戦った。


ただ、社会に出て感じたのは、「正しい」と思う事を信念を持ってやってると、必ず誰かが見てるし、誰かが味方になってくれるってことだった。


社会で必要とされるのは、やっぱり「出来る人、やれる人、やり切る人」に絞られてくる。

中途半端な人間ほど、扱いにくいものはないよ。


けれど、一つ忠告するならば、疲れた時、怪我した時、病気をした時は撤退しろ。

そして、休め。

体制を整えて、再び戦うために。


たぶん、僕はもう少ししたらこの世からいなくなる。

止まらない進行形の病気だからだ。

死んだあと、次の人生があるのか?わからないが、少なくとも、もし次があるなら、それまでの休暇と思うことにする。


この人生、本当にしんどかった。

何度も作った人との関係、作ったもの、すべて後ろからぶち壊す人らが出て来る人生だった。

賽の河原のような人生だったけど。

「これ以上どうしろっちゅうねや!」と言える。


いくら自分が不幸だと感じていても、他人を巻き込む理由は一切無い。

一人で静かに死ぬことも出来な奴は弱虫だ。