2021年10月8日金曜日

すぎやまこういち先生が亡くなって、世間の騒ぎ方に違和感を感じること・・・

 マスコミが「すぎやま先生はゲームミュージックの先駆者」的な扱いをするから、若い世代は鵜呑みにしてる感じがする。


ゲームミュージックが花開いたのは、もうその数年前からで、アーケードではFM音源を搭載してサウンド面は大幅に強化されてた。


アーケードの名作、名曲と言われるスペースハリアーは1985年12月だし。

ファミコンオリジナルゲームで、未だに根強いフレーズを持つ、スーパーマリオブラザーズだって1985年9月。

これ以外にも、名曲と呼ばれる作品はいくつかある。

そうなると、ドラゴンクエスト第一作目は1986年5月なんでな。

後発組に入るはずなのよ。


ただ、ゲームの音楽の扱いが決定的に変わったと思えるのは1985年が境目で、それ以前と、それ以降では、かなり扱いが違うと感じる。


この「扱いが変わった」という現象を裏付けるのは、1984年にサイトロンレーベルから「ビデオ・ゲーム・ミュージック」が発売されてからだ。


これはナムコアーケードゲームから音源を拾った初のゲームミュージックレコード。

ゼビウスやパックマン、などが収録されている。


この時のヒットから「ゲームミュージック単体でも売れる」となり、アポロン工業からも1986年5月に「オリジナル・サウンド・オブ・グラディウス」が発売され、次に同年10月に「組曲ドラゴンクエスト」が発売されている。


これ時系列知ってないと、ホントとんでもないお話よ。


この後、ゲーム会社各社からアーケード、パソコン、ファミコンなどのサントラが発売されるわけだが、同時に音楽活動が認められて、矩形波倶楽部、ZUNTATA、S.S.T BANDなどが結成されるわけだ。

そして、すぎやま先生はドラゴンクエストの交響曲をコンサートで開いたりしていたし、各社のゲームサウンドチームが結成した「ゲームミュージックバンド」は、「ゲームミュージックフェスティバル」という合同で開催するコンサートを数年間続けたわけ。

この生演奏によるコンサートが行われたのは、「ゲームミュージックフェスティバル」だと1990~1995年の間。

ドラゴンクエストの交響曲コンサートは、もう古い事なので、記憶が頼りなのだけど、確か1988年だったように思う。(間違えてたらすまん)

ドラゴンクエストⅢとほぼ同じ時期にやってたような記憶なんで。


もう一つ、「題名のない音楽会」というテレビ番組で、ドラゴンクエストのオーケストラを披露したのは、これもうろ覚えなんだけど、1990年ごろだったはずで。

スーパーファミコンでドラゴンクエストVが発売されるちょい前か?それくらいの時期に近い頃だったと思う。

他のゲームミュージックバンドが、テレビに出演しないのに対して、すぎやま先生はドラゴンクエストをテレビで生演奏を披露したという点においては先駆者だ。

また、継続的にドラゴンクエストのコンサートを続けられたのも、すぎやま先生の功績が大きい。

他のゲームミュージックバンドの場合、会社の社員であるという状態なので、自由に音楽活動が出来なかっただろうという事は理解できる。

そして、メンバーが退社に伴う事で、版権は会社に残るが、自身は独立や他社へ行くなど、集まれない環境になったことも要因だ。


ただ、昨今、「ほぼS.S.T BAND」とか「ほぼ矩形波倶楽部」とか、そういう形で、会社に許諾を得て自前でコンサートを開く活動がなされている程度。

そこはもう、「資金力」や「版権」の問題で、すぎやま先生とは、明らかに立場が異なる。


偉大な作曲家が亡くなった事は、とても惜しいのだけど。

時系列を追って、きちんとした知識だけは知っておいて欲しい。

そして、他にも多数の敬意を払うべきゲーム音楽を支えた人らがいることも忘れてはならないと思うのだ。


それが結実したのが、先の「東京オリンピック」かもしれない。

すったもんだで混乱があったにせよ、開会式に使われた音楽はゲームミュージックだったからだ。



2021年10月4日月曜日

この一年のコロナ対応をした菅政権と次を考えた岸田政権について思う事・・・σ( ̄▽ ̄;;)

 自民党が「悪い」だとか「菅政権が酷い」とか、まあ、飛び交ってるんだけど。

オイラ的には「誰がやっても、この一年、ババを引く役割しかねぇよ」と。

コロナ対策に不備はあったし、10万円給付もしなかったし、ワクチンも初手では不備が目立ったんでな。

完璧とは言えない。

ただ、じゃあ、「お前がやったら出来たんか???」としか思えない。

すこし増長してんじゃねーの???とさえ思う発言すらある。

あれだけの人数の中で、それぞれが好き勝手なことを言って、最終的に判断して決めて、責任取ってるのが首相なんで。

国一つまとめるって、並大抵の事じゃないと思う方だ。

なんせ、会社規模でさえ意見をまとめるって、ほぼ不可能に近いからな。

必ず反対意見は出るし、止めるヤツもいれば、何も考えてないヤツだっている。

結果、「上手く行った」は結果論でしかなく、「失敗した」ってのも、結果論でしかない。

「たまたま」とか「運」とか、そういうことも絡んで来る。

とりあえず、オイラは菅政権発足時に、言いたいことは全部Twitterにぶち込んだ。

けど、「こりゃ本人読んでねぇな」と気づいたんで、「もうダメ」と切り捨てただけだ。

「あとはなるようにしかならんし、突っ走って結果出るまで、何も変わらん」ってのがオイラの当時からの見立て。

んで、1年やって突っ走って結果出たわけで、それが首相が辞任することだったわけだし、首相が変わる要因ともなったわけだ。

結果責任を取ったという意味では、一応、形は整えているので、なんも文句はねぇよ。

けれど、「もう少しうまくやる方法はあっただろうね」ってだけ。

そうはいっても「確定した過去」は変えられんでな。

次のこと考えるしかないべ?

さて、それでだ。

他の野党で仕事出来そうなのをみつくろうとしても、「おらんやんけwww」でしかない。

やる気満々で無能なヤツしかおらんやん。

総裁選で、地方票も併せて、岸田に流れたってことを考えても、「安定」を求めているのは明白。

ここで「改革」とか言って、無用な混乱を引き起こすヤツの方が問題を増やすんで、こうなったと思ってる。

「もうこれ以上の混乱はいらんよ」ってのは、地方に票を持ってる人らの判断だったと解釈すれば、一応、理解できるよ。

先進的で、革新的で、合理的で、仕事のできる人らからしたら、今の政治は体たらくにしか見えんのだと思うよ。

けれど、それはあまりにも世間を知らなさすぎる。

世の中ってのは、その3歩も10歩も後ろを歩いてる。

頭のいい人らだけが、すべてじゃないってこと。

いくら「改革」だとか言っても、20年、30年というスパンで見れば改革はされてる。

けれど、1年やそこらで変える「改革」ってのだと、「革命」に近くてな。

それやったの「悪夢の民主党時代」やで?

アメリカだとトランプが大統領になった時とか。

急に舵を逆方向に切ると、どれだけ混乱が起きるか?といういい見本なんだがなー。

政治ってのは、ゆっくり変えて行かないと、国が滅びかねない諸刃の剣なんやで。

2021年10月2日土曜日

90年代前半まで次世代機とは「動画を瞬時に扱える物」を指してたんだぜ!( ̄▽ ̄;;)

 youtubeでパチンコやスロットの遊戯を見ていて思う事。


「うーん、、、90年代前半まで語られていた、これからのゲームは映像の時代」って、、、パチンコ、パチスロのこったなぁ・・・と。



いわゆるCD-iとか、動画圧縮だとか、クイックアクセスだとか、ランダムアクセスって技術が「これからの本命」って言われていたわけだ。


けれど、当時から「いや、それゲームと相性悪いから」とオイラは言い続けていて。

あらかじめ用意された映像を切り替えるだけで楽しめるゲームって、、、ゲームじゃねーだろ?って思っていた。


しかし、長いスパンで見れば、相性のいいゲームってあったわけだ。

それが、パチンコ、パチスロ。


すでにレバーを叩いた時、玉が入賞した時に決定してるわけで、あとは映像として演出を出力するだけの装置なら、それで十分なわけだ。


とはいえ、パチンコ、パチスロをゲーム機と呼べるか?というと「微妙・・・」とは感じる。

しかし、オイラが思うに、30年前のパチンコ・パチスロと今のとでは、格段に今の方が「ゲームっぽい」と感じる。


恐らく、ゲーム開発会社がパチンコ・パチスロの開発を行ってるのも、そう感じる一つかもしれない。


とはいえ、基本的なギャンブル性ってのだと、変わってはいなくて。

演出がより「ゲームっぽくなった」というだけだ。


テレビゲームには攻略法はあるが、パチンコ・パチスロに関しては、基本的に攻略法なんて無くて、せいぜい釘と設定くらいしか違いは無い。


つまり、自分で動かせるか?確率論による運任せか?の違い。


技術介入要素ともいうけれど、テレビゲームのようなシビアな弾避けも無ければ、SLGのような高度な戦略的思考もありゃしない。


ホント、あの技術は(動画圧縮・ランダムアクセス・クイックアクセス)、遠回りしただけで、違った形で定着したよな。と。


となれば、やっぱVRも用途さえ間違わなければ、利用するシーンって生まれるのかもしれない。

ただ、、、やっぱテレビゲームとの相性で言えば、あまりよろしくない気がする。


abemaTVで期間限定無料配信の「化物語」を見て思い出すこと・・・( ̄▽ ̄;;)

 化物語を見直して思い出したけど。

テレビ放送は2009年7月頃。

確かテレビ放送は12話で完結していて。

「つばさキャット」って題名なのに、唐突に戦場ヶ原とデートする話になって、OPも最初の「staple stable」に戻ったんだった。


いい終わり方した半面、妙な違和感だけあって。

つばさキャット其ノ壹なのに、なでこスネーク直後ってことで、八九寺が忍をミスタードーナッツ前で見かけたという前振りもあるのに、つばさキャット其ノ貮で、いきなり戦場ヶ原とデートになるわけだ。


今思えば、デートの最中、父親の運転するシーンが長く、尺をあそこで使ってるんだと気づく。


確か、製作が間に合わなかったはずで。

本編12話放送終了後に、特番だか、なにかで「続きを製作している」ってのを見た。

たぶん、NHKの取材だったような・・・?


その時「回収できるかどうかも分からないものを作ってる。いつ公開できるかわからない。どういう形になるかわからないが、いずれ表に出す」ってお話を監督だったか、プロデューサーだったか、語っていて。


まだ描いてる途中の作業風景を思い出す。


結局、続きになるつばさキャット其ノ參~其ノ伍は、WEBで配信ってことになって。

2009年11月ごろには。

どうやって見たのか?覚えてないが、ちゃんと続きをみた。


この頃はWEB配信ってものに、まだ慎重な時代で。

かつ、どうやって配信すべきか?論すらまかり通っていたし、違法アップロードもあちこちにあった時代だった。


なので、企業側は「配信は有料」という風潮の元。

ちょうどこの時期、カップヌードルのCMで起用された、大友克彦の「フリーダム」がWEBで有料配信されてたはずで。

調べると2006年だった。


その時、続きとなる化物語は、無料配信されていたはずなのだ。

それで当時「ああ、これからは有料配信の時代じゃない」と気づかされた。


どういうことか?というと。

「新たな収益源を見つけて、無料配信せねば日本の映像コンテンツは廃れる」ってこと。


なので、この後だったと記憶してるんだけど、USENがGyaoを立ち上げる。


この時「発想は間違ってないけど、専用チューナーのようなものが必要な装置なのは、普及しない」と思うのだった。

当時は今と違い、専用の機器にLANケーブルを接続する必要があった。

今のようにPCやスマホなどで見れるようになるのは、USENからYahoo!に経営会社が変わってからだ。


当時、会社的にUSENと組んで、強力に販促活動をすることになったのだけど、USEN側が大幅譲歩をしていて、とにかく契約書を書いてくれればインセンティブを支払うって格好になっていて、さらに3か月以内なら返品OKで違約金も無しって大盤振る舞いをしたのだった。


この時、ちょうどオイラが2009年ごろで、佐賀にいたころだったはず。


会社命令なんで、「全員、返品してもいいから契約しろ」ってんで契約して、一応取り付けをして操作もして、数か月利用もしてみたのだ。


利用して思ったのは、ハッキリ言って「コンテンツが足りてない」に尽きる。

次に装置がWEBに繋げるためのブラウザ的なものであり、しかも内蔵CPUが遅いのか?反応がめっちゃ悪かった。

リモコンで操作して、2秒くらい遅れてカーソルが動くレベル。


「定額見放題」「オンデマンド」って事は理解したし、今後の標準になることもわかったけど、コンテンツが足りないのと、毎月追加されるものが少ないってのがある。


かろうじてアニメに少し強かったけど、それでも少し新しいくらい。

映画となれば大作は少ないし、新作も少ない。

「これじゃ成功せん」と思った。


ただ、「恐らく、これ日本が主導権握ったら世界で勝てるけど、海外の方が法的にも企業的にも先にやってくるはず」と思っていた。


なので、そのあとすぐに海外では、NETFLIXが台頭していたことは知ってたのだけど、「まあ、まだ先よ」って思っていたの。


結果を言えば、それらすべての予想は当たった。

契約金無し、違約金なし、3か月無料で、返品もOKとなれば、使いもせず、「接続方法が分からない」という声もあって、USENは大量の返品を抱えることとなった。


そうこうしているうちに、2011年3月11日がやってくる。

あの日を境に、日本はyoutube市場に切り替わる。


テレビが一斉に津波と地震、災害情報に全局特化したためだ。

もし、あの時、テレビ局がデジタル放送の強みである「3チャンネル」をフルに使って、災害と通常番組の同時放送をしていたら、日本の配信ビジネスは5年10年は平気で遅れていたに違いない。


3.11の時、何が起きたか?と言えば。

「レンタルビデオショップからすべてのビデオ、DVDがレンタルされた」ということだ。

1本も借りられないレベルで。


当然、アニメ専門チャンネル、時代劇専門チャンネルなどがある、CS放送の契約も伸びた。


今思えば、USENがもし、2011年3月のタイミングでGYAOを同じ条件で立ち上げていたら、間違いなく歴史は変わっていたと思う。


しかし、この時、小学生らは自分らで「youtube」を見つけて、「ここなら面白い動画がいくらでもある」と気づくわけだ。

大人の中にも、気づく人らがいて。

自由に投稿できることから、「暇つぶしに」と、動画制作をして投稿する者が現れた。


その代表格なのが「さよなライオン」で。

元はACのテレビコマーシャルを改造したものだった。

自粛によって、すべての企業広告が姿を消したため、すべてACの広告に差し変わったため、「同じCMばかりで鬱になる」とさえ言われたのだ。


これを変形ロボットにした「さよなライオン」は爆発的再生回数を誇り、その後、登場する他の動物たちも変形ロボット化するという作品が、様々なひとによって作られる。


かくして、日本の動画配信ビジネスは、奇しくも地上デジタル放送切換えとなる2011年において、動画配信&動画投稿の時代へ突入してしまうのだった。


そういう意味では、化物語が10年以上続くコンテンツとして続編が作り続けられ、今では当たり前のようにWEBで期間限定とはいえ無料配信される時代になるっていうのは、「時代」というそのものを反映しつつ、ヒットした稀な作品だと思えるのだった。

2021年9月28日火曜日

実写版カウボーイビバップがやって来る!( ̄▽ ̄)

 2021年11月19日(金)より、NETFLIXで実写版カウボーイビバップが配信される。





日本のテレビアニメとして放映されたのが1998年だったはずで。

地上波ではテレビ東京だったか?様々な理由から12話しか放映されなかったらしい。


26話すべての放送が行われたのは、翌年、1999年になってからで、しかもBS放送でWOWOWだった。

この時、深夜放送枠で、無料放送されていた。


オイラは当時BSアンテナが設置出来なくてな。

リアルタイム放送は見ていない。


けれど、すでにレンタルビデオは出回っていて。

あの時、すでに4巻か5巻まで出ていたと思う。


そもそものきっかけは、暇つぶしにレンタルビデオショップに寄っただけだった。

1、2巻だけレンタル可能で、3巻以降は貸し出し中だった。


それで1巻の表紙を見た時、見覚えがあることに気づいた。



何の雑誌かは忘れたが、雑誌の裏側に同じイラストが描かれていて、たぶん、広告だったのだと思う。

そのイラストは1話目で、スパイクがポンチョと帽子を被って椅子に座っていて、もう一人男性とツーショットで座っているモノクロ写真みたいなものだった。


記憶にはあるのだけど、アニメだとは思ってなくて。

しかも、ポンチョ姿のスパイクは帽子もかぶっているので、顔が見えない。

対して、その隣にいるアシモフ・ソーレンサンはサングラスをかけてる程度で、顔が見えるものだったと記憶している。

なので、てっきり、サングラスをかけている男性が主人公だと思い込んでいた。


最初の第一話を見ていて、それに気づいたのは、薬の売人との会話中のシーンだ。



「ああ、そういうことか」と。w


主人公が目立たない格好で広告として使われるって、当時としてはありえなかった。

ただ、この一話目で一番ツボッたのが「特性チンジャオロース」で。w



これは「実物食べてみたい・・・ただの野菜炒めだろうけど」と思うのだった。


そんなカウボーイビバップには、数度、実写版の話が出ていた。

毎度、発信源は「ハリウッド」だったのだけど、、、


オイラはハリウッドがこれまで何度もいくつもの作品で「原作レイプ」をしていたので、まったく信用してなかったし、「オオゴケするから、止めとけ」って言い続けていた。


今回、NETFLIXが出資して、作品を作ることになったわけだが。

最初は期待してなかった。


が、、、このところ、NETFLIXは意欲的にアニメ、実写、を日本人好みに仕上げて来ていて、つい最近だと「極主夫道」って漫画をアニメ化して成功したし。

「全裸監督」って映画でも成功していた。


それでも、「カウボーイビバップを実写化して、上手く行くんかいな?」とずっと懐疑的だった。


けれど、この予告編ともいえるオープニングを見て、少し考えを改めようと思い始めた。

完璧とは言い難いが、概ねビバップの路線は生きてると感じるからだ。


どこが不満か?と言えば、フェイが刃物を持ってるシーンだ。



あれはねぇ、、、ちょっと、雰囲気が違う。

フェイって、金があればギャンブル三昧、たばこをふかして、一丁コトがあれば、銃を扱うって人なんで。


「銃が似合う女で、ナイフじゃないんだよなー。」と。




初登場でさえたばこ加えてマシンガンをぶっ放すような人。w



実写版も一応、銃を持ってるシーンもあるのだけど、今度はセクシーさが足りない。



フェイの危なっかしさと、銃の腕前が一流だと感じられるのが25話で、ジュリアと共に追ってから逃げるシーンで、あの構図はセクシーさも加味されているから、あの雰囲気が足りないと感じるのだ。

作中ではしっかり頑張ってほしい。






んで、アインは完璧だと思うんだけど、、、今のところ、エドが出ていない。




はてさて、エドは隠し玉になってるんだろうか?




アインとエドの大冒険「マッシュルーム・サンバ」は最高のバディものだった。w



もう一人アンディの出番はあるのだろうか???w




すでに公開されている動画には「道化師の鎮魂歌」で登場した東風らしき姿が確認できる。




環境保護団体スペースウォーリーアーズのママ、トゥインクル・マリア・マードックらしき姿も。。。


テディベアとリモコンと言えば・・・「私は警告したかったのだ・・・」と話始めるテディー・ボマーが連想される。

ということは・・・やっぱりアンディ出てくるのか!?www


マタニティ姿の女性を連れた男性とのツーショット・・・と言えば、アシモフ・ソーレンサンとカテリーナだろうと思われる。

「アディオス・・・」という衝撃のシーンはどうなるのか!?



アインの登場は確定しているので、登場のきっかけにはアブドゥル・ハキムは重要な役どころ。w



ビシャスとその配下、、、しかし、その両脇に転がるクジラのような死体は???






スパイクとビシャス因縁の対決「堕天使たちのバラッド」を再現。




「アミーゴー!」でお馴染み、BIG SHOTの時間か?w




「ブレイン・スクラッチ」を彷彿とさせるテレビ群。






果たして、テレビアニメ版のストーリーを再現するものなのか?
オリジナル的なストーリー展開に発展するのか?
今からワクワクが止まらない。

アニメ版のオープニング「Tank!」を使用し、最後に登場するタイトルにも、「カウボーイビバップ COWBOY BEBOP」のタイトルが使用されている。




これはキッチリ、欧米だけではなく、日本にも向けた作品であることがよくわかる。

ほかにも気になる人物が確認できるが、本放送までのお楽しみに待っておこう。


この作品はオイラにとって、最高の思い出。

まだ、インターネットが普及し始めた頃だったにも関わらず、公式HPを開設し、自由に書き込みが出来たり、WEB小説の発表(未完)、新情報の解禁など、今では当たり前となった宣伝手法の先駆けとなった作品だ。


この頃はまだ「メディアミックス」なんて言葉が残っていて、今じゃ死語だけど。

レンタルもセールも好調で、劇場版まで作ることが出来た。

この作品無くして、今のアニメの販売手法は語れないのだ。


数多くの映像作品を見て来たけど、この作品を超えるアツイ思いを感じたものに、未だ出会えていない。

だからこそ、失敗はしてほしく無いのだ。

2021年9月20日月曜日

池袋GIGO閉店に思うこと・・・( ̄▽ ̄;;)

 池袋のGIGOが閉店するらしいので、恐らく、セガのGIGOとしての営業形態はこれが最後って事だと思う。

そもそも、GIGOはセガのテーマパーク構想の一環から生まれたもので、その最上位種はジョイポリスだった。

しかし、ジョイポリスの瞑想、GIGOを相次ぐ閉店ってのは、すべてメーカーが構想を描いていたものとは程遠い営業実態が原因だと思っている。

90年代に大型店を出店し、VR技術で世界の先端を行くセガが必要としたのが、GIGOクラスのサイズだった。

けれど、「VRは金がかかり過ぎる」ってことで撤退。

その後は体感ゲーム機を作ることもほとんど無く、ドリームキャスト撤退による負債、会社の経営統合など、いくつもの要因が重なって、コンテンツとしては停滞気味になる。

なので、今現在では「ただデカいゲーセン」って箱ものになってたと思う。

建物の老朽化はあるだろうが、それも一つの要因に過ぎず、一番は「箱ものに見合ったコンテンツを扱いきれなかった」としか思えない。

そこへコロナというトドメを刺した格好だと思う。

なんにしても、夢を見させてくれたけど、夢のまま終わったなーと思うのだった。

2021年9月13日月曜日

シン・エヴァンゲリオンのネタバレ説明動画を見た感想・・・( ̄▽ ̄)

 シン・エヴァンゲリオンの結末は見てないのだけど、ネタバレ動画見た。

主人公たちの最後はどうだったか?なんだけど。

その説明を見て「ああ、やっぱ監督の考えてることは、大人になれ」なんだなと思った。

これはかなり前にも発言してる事で。

「アニメオタクは逃げ場所を探していて、自分に居心地のいい場所にいたい、そして子供でいたい」的な事を言っていた。

それについてはオイラも同意する。

自分自身でさえ、そういう時期はあったし、ただ、それに気づいたのも早かっただけで。

店に立つ側にいたから、その分、早く脱却出来たと思ってる。

そして、店から見たオタクってのは、自分の世界とそのアニメなどの空想世界と融合や浸透したいってのが、よくわかる。

となれば、TV版エヴァンゲリオンでシンジが初号機に取り込まれて実態を無くしたのと同じように描写出来るんだわ。

逃げるってそういうことで、世界ってそういう閉塞した世界観だったりするわけだ。

それを映像化したから、当時から意味不明で正体不明なアニメに仕上がっている。

オイラは広島出遅れ放送された時、1話、2話くらい見たけど。

「なんじゃこりゃ」でしかなく。

ハッキリ言って、「なんでこれが社会現象になるのか?」だった。

一つ言えることは。

エヴァンゲリオンで描写される数々の演出ってのは、ほとんどがウルトラマンや宇宙戦艦ヤマトとか、すでに見たことがあるもので。

すでに経験済みというか、見たことがある年齢層からすると、何も驚かないだ。

当時、一つ下の後輩がエヴァにはまってたが。

他の誰もハマってなかった。

理由はたぶん、そいつの家、ウルトラマンも宇宙戦艦ヤマトも放送が受信できない難視聴エリアだったことだと思ってる。

そうなると、当時12~13歳くらいの子が衝撃を受けたって理由に説明がつくのよ。

オイラは当時、18,19くらいだったし。

そいつはその一個下なんで、年齢的に当てはまらない。

けれど、エヴァ以前を知らないから、当てはまったわけだ。

そんで、説明動画を見て。

「まあ、誰しも望む未来や結果はあるよな」と思うのだった。

今のオイラでさえあるんでな。

しかし、オイラの中にある未練ってのは「確定した過去」という必然が含まれる。

確定した過去は変えられないのよ。

泣いても悔やんでも。

過去、いくつもの人らと共闘したり、協力したり、喧嘩したこともあれど、いずれそれぞれの人生を歩む。

そして、目の前にあるのは、いつだって「現実」。

そう考えれば、シンエヴァンゲリオンの最後ってことにも説明はつくんだよなーと。